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ほんまもん001

掌(たなごころ)

白井晟一のエッセイ「豆腐入門」(1956年)の冒頭

掌は人間の身体のうちで「こころ」を許された唯一の部分であろうか・・・・
祈れる手が神への接近ならば、手に「こころ」が与えられねばならぬ理由がある。
「こころ」は人間を他の生物と区別する最後の存在理由にちがいない。

豆腐が手の上で刻まれる食材としての、存在理由から、これほど大げさな、掌に対する思い入れたっぷりの書き出しには驚いてしまう。
精神と肉体の存在理由まで及び、豆腐を語る白井晟一のシンプルな物に対する思考の深さと展開の意外性に、若い頃は、ほとんど理解不能だった。

脳科学者の「こころ」に対する見解を知ったり・・・・
30年ぐらいして、少しその伝えようとしている真意が経験を通して納得できるような気がする。
そこまで「こころ」や「身体」を考えるきっかけを作ってくれたのは、白井の言葉だった。

20歳の頃に覚えた言葉は、経験を重ねるごとに、その意味するところの受け取り方は少しずつ変わるものだ。
その言葉の前後の文脈から推測するが、何しろ経験が伴わない若いうちは、空想の領域から実態感にならないものだ。

そんな難解な言葉たちが・・・・・・
そのもどかしさと、大人に対する憧れとが混ぜ合わさって、心の片隅に長くとどまっていた。

すこしづつ、懐かしい言葉がゆっくり雪解けするみたいに心の中で染み込んで広がるみたいだ。

大きなタイサンボクの花を見ながら・・・・・
                 掌1

タイサンボク1

タイサンボク2



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