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ほんまもん001

含羞(がんしゅう)

昨夜のNHK深夜番組<LIFE 井上陽水 40年を語る>は興味深い番組だったので、深夜に起きだして観た。

音楽的な才能の開花と、それにいたるまでの右翼曲折、支えてくれるスタッフなどの人間関係は表面的な音楽を聞くだけでは見えない世界がよく伝わってきた。
随分長い時間をかけて取材をしてまとめた内容であることが十二分に伝わってきた、出色の番組だと思った。

中でも、一番私の心に残った言葉は、友人であり麻雀仲間だった、伊集院静さんの言葉。
色川武大と井上陽水の共通する人間関係を語った人物評<含羞(がんしゅう):はにかみ、はじらい>ですよと一言。

欧米人には無い日本人独特の控えめな表現、生き方を称して<含羞>ですという。
その切り口の鮮やかさと、人物評の的確さ。
またよく判りやすくいうために、日本人論まで持ち出して、井上陽水の人物評をいう表現に、伊集院さんを見ながら、さすがだナーと思った。

その前に五木寛之さんが同じ二人を評して、屈折した大人の都会育ちの色川さんと九州育ちのあっけらかんとした陽気な井上陽水の関係性だから交流が続いたという批評表現が何処と無くひらたく浅い洞察ではないかと思った。
そもそも、その二人に対して深く関わろうという、意識が薄いようにも思った。

伊集院静さんと五木寛之さんの両作家の視点を聴いて思ったことだが。
近くにいて、同じ人物を長年、見てきても、かくも違う見方をするものだと興味深く見させてもらった。

深夜に眠い目をこすりながら聴いていて音楽を聴く事より、作家の人物評を聞けたことがなにより良かった。

40年近く以前、井上陽水がまだ無名の頃、博多の九電体育館で私の横に並んで、大きく手を後ろについてコンサートを観ていた事を思い出していた。



                井上陽水スケッチ1
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