FC2ブログ
ほんまもん001

ギブスの思い出

年の瀬の高松三越はなんとも言えず慌しくて、ショーウインドーの中もクリスマス気分
三町ドーム下を眺めていると、人の歩くスピードも何処と無く忙しそう。

もう7~8年前の事を人ごみを眺めながら思い出していた。
長男(リョウスケ)が20歳で専門学校の卒業を前に進路について不安に思っていた時だった。
三越ディスプレイドームのディスプレイ


少し目を潤ませながら
車中で「ボクの人生は不運だと思う・・・・・」と話しはじめた。
中学生のときにバスケットに夢中だったのに、コーチの先生が転勤でいなくなりコーチ不在のチームのキャプテンになった。
お陰で、中学3年生の時には負けた。
高校生になっても、膝を怪我して練習量が充分持てない、そんな中体育館の床を全面張替え工事。
大切な高校の半年間体育館なしのバスケット部のキャプテンだった。
・・・そんなことや自分の半生を悲観するかのようにしんみりと。

そのことを聞きながら、思い浮かぶことは、小学生の時、腕を骨折したり。
中学生で、オスグッド・・・という膝の成長病に悩まされ
高校生で膝の骨折の治療で骨にビスを打ったまま治療していた。

確かに長男(リョウスケ)はギブスと縁の多い生活だったと思った。
本当に精一杯頑張ってきたのに、悔しい思いもたくさんしてきたと思う。
そして、バスケットというスポーツ以外は学生生活も中途半端に過ごしてきたと思った。
でも<経験>とはそんなものだろうかと聞きながら考えていた。

私は
「お父さんはそうは思わないなーーー」と話しながら
「でも、その経験は医療関係の仕事につくためには最高の経験だったんじゃないか?」
「ギブスをした経験はギブスをする人の辛さや不安をだれよりも知っていることになるなー」
「スポーツ関係の仕事に就くのは、リョウスケの個性に一番相応しいと思うでーー」
「今からでも遅くないから、必死で勉強して理学療法士の資格に挑戦してみたらどうだ」
「そのために2~3年ぐらいどうってこと無いぞ」
「リョウスケだったらきっと出来ると思うな」

中学から20歳まで本当に真剣に学習したことの無かったリョウスケは、その頃から奮起して
大阪での専門学校卒業後に自分に挑むように勉強するようになった。

一年間の予備校生活の後、岡山で念願の医療専門学校に進み、
卒業時に・・・神戸のスポーツドクターの率いる病院の理学療法士として入社できた。
あれほど真剣に医療のことについて学習しているリョウスケを見るとは私も想像できなかった。

子供の才能は何処でいつ開花するか判らない
学校の成績は殆んど指標にならない。

どんな人も
本人の個性と経験から自分の人生や個性に自信が持てたときにスタートラインに付けるのではないだろうか?
今年27歳になる、リョウスケの成長を思い出しながら、丸亀町商店街でギブスをした人を眺めながらそんなことを考えていた。
グブス1ギブス2

スポンサーサイト



ほんまもん001
Posted byほんまもん001

Comments 0

There are no comments yet.