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ほんまもん001

万歩計

瀬戸内海で源平の合戦が行われる一年前。
この海の対岸を養和二年(1182年) 俊乗房重源たち一行は高野山から博多津(博多港)へ歩いて行ったという。
栄国へ今まさに帰省しようとしていた、堂宮大工・陳和卿一行を大仏殿を再び建立するべく・・・呼び戻すために
≒700kmを歩いて~  江戸時代の東海道の記録を見読むと、大人の足で一日30km~40km(8~10里)の歩行速度だったというから、博多港までは20日ぐらい延々と歩いたことになる。その時重源は62才になっていた。
それから24年後(86才)に大仏殿の完成と共に解散したという。
彼らの脚力の逞しさには本当に感心させられながら、遥か昔の鎌倉時代の人々のことを思い浮かべていた

津田松原の中を津田川まで週末に歩き始めて4日目。 足の付け根が痛み始めて、どこかに座って休みたいと思いながら・・・・・
7km歩くのにこの程度の体力なのかと鎌倉時代の彼らの脚力を想像していた。
中世の人々は、旅支度を軽装にするとしても10kg程度の荷物を持っていたであろう。そして藁草履を履いて、予備の草履も荷物に持って、などと考えながら、津田川の河口まで歩く。 瀬戸内海に注ぎ込む川幅は・・・2m 程
澄み切った川の水が勢いよく流れ込んでいる。

帰宅して万歩計を見ると、昨日も今日も一万歩は越えていた。ちょっと達成感がある。

万歩計と松原1  津田川河口2

万歩計本日分2 万歩計一日前1


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