孤高の人
- 2018/01/18(Thu) -
白洲次郎
着ているもの、身につけているものは超一流品
こだわりの物に対するセンスは、日本人離れしている
そんな孤高の三人
イギリスへ渡りケンブリッジで学んだ⇒ 白洲次郎  ⇒戦後のGHQとのオーガナイザー
1902年生まれ

日本の学校に馴染めず、ドイツへ留学させられた⇒ 名取洋之助 ⇒ 雑誌編集・カメラの先駆者
1910年生まれ

早く両親に死別して、ドイツへ渡った⇒ 白井晟一 ⇒ 孤高の建築家
1905年生まれ

戦前にヨーロッパに渡り、ほとんど語学も出来ない中、異国で学業を積んだ
知人親戚など、知り合いの人はほとんどない中で、どのように過ごしたのだろうか
終戦前に帰国して、焼け野原の日本での生活はどのようにスタートしたのだろうか

アメリカに対するコンプレックスがなく、威風堂々とGHQと対等に交渉していた白洲次郎を思う時
最初から素質はあったにせよ
若き日のヨーロッパでの経験がぶれない生きる哲学を構築することになったのかもしれない

モノに対するこだわりは、三人とも世界の銘品にしか興味を示さない
収入に関係なく、生きる姿は・・・今までの日本人には見ることが出来ない

やんちゃで、日本での学校生活に馴染めなく、群れを成さない 変わり者
育ちは、それなりの裕福なご子息のパターン

当時の日本にとって
そんな環境と時代背景がこの三人を必要としたのかもしれないと、三人の事を思う

白井晟一の骨とう品のコレクション写真を見ながら
白洲次郎のベントレーの ビンテージカーを見て
名取洋之助の カメラを見て

この孤高の生き方をした三人から
その影響は、戦後世代に大きく影を落としていると思う

白井晟一   名取洋之助

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