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ほんまもん001

遺物・遺作・遺墨

死んだ男の残したものは、何があるだろうかと問いかけると
その人の生きてきた人生が浮き彫りになる?
建築家と言われている人たちは、設計した建築というモノを残したので遺物が建築ということもできる
またその建築が老朽化して解体されても、写真や活字で更に後世に残ることもある

2013年11月に亡くなられた、徳島の冨田眞二さんはスタッフや周囲の人たちの思い入れも強かったので、没後4年目を迎えても
「トミヤンの建築雑感」というブログは残されている。
今読み返しても、人柄がしのばれる。
昨年57才で亡くなられた C+A の小嶋一浩さんは学会賞の学校建築もたくさん残したが
それ以上に教育者として多くの後輩たちを育ててきた
同じ意味で、今年5月に89歳で亡くなられた、池原義郎さんは、建築の実作と共に大学研究室での多くの後継者を育ててこられた

遺作という建築と、家族と共に指導者としての功績がまたその人を大きくクローズアップされて
そんなに単純には言い切れないと思う。

そういう私はどんなことが残せるだろうかと、つたない足元を見る。
設計の仕事での遺作とそれ以外に、友人知人から頂いた葉書や手紙を読み返して
その社会的な貢献度という成果を・・・・そんな視点でふと手にして眺めて見た。
そして、亡くなった人たちが立派で、自分は、ほとんど何もできていないのではないかと、
自責の念に駆られるな~

雲の切れ間23  雲の切れ間24

トミヤンの建築雑感12   小嶋一浩 作品集2

池原義郎ディテール2  池原義郎 新建築3

池原義郎 内部5    池原義郎 内部4

葉書3  葉書4









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