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2021年02月21日 0
瀬戸内海で源平の合戦が行われる一年前。この海の対岸を養和二年(1182年) 俊乗房重源たち一行は高野山から博多津(博多港)へ歩いて行ったという。栄国へ今まさに帰省しようとしていた、堂宮大工・陳和卿一行を大仏殿を再び建立するべく・・・呼び戻すために≒700kmを歩いて~ 江戸時代の東海道の記録を見読むと、大人の足で一日30km~40km(8~10里)の歩行速度だったというから、博多港までは20日ぐらい延々と歩いた...