近所のお兄ちゃんたち
- 2018/02/08(Thu) -
朝の通勤列車
私たち兄弟二人にとって、近所のお兄ちゃんたちはいろんなことを教えてくれる先輩であり、遊び仲間でもあった
二軒隣の ヒロシさんは 私より8歳年上の長身のいまでいう所のイケメン。
中学時代は剣道、高校生になってからバスケットボールをされていた
小学生の僕は、誘われるままヒロシさんが 三本松高校の体育館で汗をかきながら練習していた姿を観に行った
うろ覚えながら、その当時ヒロシさんは、チームのキャプテンだったようで  大きな声を出して汗を滴らせながら走ってジャンプしてきびきびと動いていた姿を思い出す
高校時代は、剣道とバスケットの両方していたのだろう、白鳥神社での剣道の奉納試合にも出場していた
兄と共に、ヒロシさんは私たちのあこがれのお兄ちゃんでもあった

もう一人は 4歳年上のシオタさん この人も中学時代バスケットボールをして運動神経がよく、学業もよかったらしく
中学時代の事を兄から、生徒会長の応援演説はシオタさんがケネディー大統領からの応援メッセージまで語りながら、みんなの前で格好良くスピーチしたと聞かされた。
浜辺で遊んでいると、近寄ってきて僕たち兄弟にアメリカの音楽の話題や ラグビーをやろうなどと知らないことを教えてくれた人だった。
シオタさんから発せられる様々な情報は、未来がいかに魅力に満ち溢れているか楽しいんだと励まされているように聞こえてきた

でも悲しいかな、シオタさんは大学時代21歳という若さの中、腎臓病で亡くなった。
あの時の残されたご両親の悲しみはいかばかりかと今でも胸締め付けられる

兄と思い出話すをする時、ヒロシさんはプロ野球の長嶋選手とよく似ているな~とよく語ったものだ
天性の運動神経と手足の長さで何をしても格好良く全国レベルのバスケットの選手でした
そのヒロシさんも51歳という若さで愛媛県で勤務していた時、ご家族を残して病気で亡くなった。

時折ふとした時に、早く亡くなったあのお兄ちゃんたちのことを思い出して、いろんなことを教えてくれた事
そしてそのお兄ちゃんたちから影響を受けて、私もバスケットボールをしたのだと思う時
幼い子供たちにやさしく、はつらつとして格好良かったお兄ちゃんたちの残してくれたものと共に私も生きていると思う

それは更に、私の子供までもがバスケットボールをするという継続した事を思うと
ヒロシさんが休みの日にバスケットボールを持って帰り、裏庭で磨いていた姿を思い出して
そんな彼らとの出会いと、影響はいかばかりかと感慨深く思う

朝の通勤列車が高松へ向かって寒気の中を突き抜けるように走り抜けて行く
ちょうど、父が三本松駅を6時半ごろ乗車して高松へ通勤していた列車だ
あれからもう50年以上もたつのだと・・・時の流れを懐かしく列車に見出す

通り過ぎる列車のはるか上・・・・見上げると、月の下に明けの明星が輝いている
二人の素敵なお兄ちゃんたちを思い出して、懐かしさと、励ましを受けたような朝の景色がそこにあった

明けの明星と月2


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