小さいコレクション
- 2010/03/30(Tue) -
地元の殆んどの人がそのお店の存在を知らない、大工町の文具雑貨のお店<漂泊 : はく>
数年前、出版の文具雑誌の全国版に掲載記事があったので、私は知るようになった。

メモ用紙のバインダーが欲しくて、思い出したように立ち寄ると、私が以前買ったブロンズ「ハンド」の新商品が入荷していた。
つい手を伸ばして、手にすると、ブロンズのずっしり重い手ごたえが本物を感じさせて・・・・very good!!。

ついでに、新しく入荷したばかりの粘土の人形もまた不思議と魅力的だった。
合わせて、買う。

お店のオーナーいわく「このような品物は殆んどの方が買われませんね!・・・・私はすごく好きなんですが」
どうやら。オーナーに言わせると、私は相当コアーな趣味のお客らしい。
それでも、私のこだわりの目利きが気に入ってくれているみたいで、話がはずむ・・・・・

一年に一度ぐらいしか立ち寄らないが、私の欲しい品物は売れないので、いつまでも待っていてくれる。
焦って買わなくていいわけである。

なけなしのお金をはたいて・・・
勢いつけて購入すると、私のクラフトマンシップをそそる品物が私の心の反映のようで心を満たしてくれる。

すぐ無くても生活は出来る、必需品で無い。
でも、欲しくて、心を満たすものを追い求めている自分がいる・・・・

こんな時、中野重治の詞を思い出して自らを励ますようにしている。
ショッピングを楽しむ物欲はそんなところにあるのだろうか?

インターネットで購入した、ヴィトラのコレクション椅子 2点
その他とともに事務所の本棚の隅を飾っている。
                          はなまがり1
粘土の人形1
置物1  置物2  置物3


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駅逓 その2
- 2010/03/29(Mon) -
自分の将来の姿を模範とするような人と出会うと
俄然、行動方法が明確になるものだ。

私にとって、K(久米さん)との出会いはそれに当てはまる。
ジーパンをはいて、大またで背筋を伸ばして蹴るように歩く姿は、とても91歳には見えない。

理屈抜きに、圧倒され、自分の態度が中途半端だったと思った。
最近思うことは90歳を越えても、久米さんのように、肉体的にも精神的にも溌剌と生きていたいと思っている。

今夕、新聞を見ながら家族で久米忠男さんの記事に驚いて・・・・・話題が盛り上がった。

以前、私に「なんで、あんたは自分の葉書のコピーを取るんな~?」と問われた事があった。
それに応えて、「私には、書道を直接指導していただいた先生がいません、他人と比べると自分の文字の下手さにくじけそうになるんです。だから、昨日の自分、去年の自分に挑戦するような励みがコピーを取る事なんです。」と応えた事がある。

そのことを、感心するように頷いてくれた仕草が、尊敬する先輩に誉められたみたいで、嬉しかった。
                久米忠男さん1

今夜は、博多(満年家:はねや)のお菓子です。

和風テーストな、包装も格調があり妙に、上品な味の予感をそそるパッケージだ。
<博多へい><那の香>、ほのかな甘さがお茶うけにはバッチリ『うまかーーです』。
博多へい1 博多へいと那の香1










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駅逓(えきてい)
- 2010/03/25(Thu) -
安藤忠雄がサントリー美術館を設計する時にクライアントの佐治さんから励ますように聞かされたサムエル・ウルマンの<青春>の詞を思い出してその本を読んでいた。
(その中の一節)

・・・・・人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓(えきてい)が心にある。
人から神から美・希望。よろこび・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。・・・・・・・

「駅逓」:辞書によると、宿場から宿場へ次々に荷物などを送ることとある。

この言葉が心に残り、勝手にイメージを広げていた。
そんなことってあるだろうか?
人から神からというところがまた不思議なもののように想える。
でも確かに、90歳を越えてかくしゃくと大またで元気に歩く近所のKさんを思うと

青春という若さは、確かに幾つになっても絶えることがないように思える。

私の心の中にもあるのならば、子供達や周りの人たちにも伝えたいし、判ってほしいと思う。

ちょうどそんな折
連休に帰省していた、長女に何か手土産をと思い・・・・・・。
このサムエル・ウルマンの「青春」の本を手渡した。

佐治さん⇒安藤忠雄⇒私⇒娘へ

親から子へ荷物を送る<駅逓>のように・・・・・・・

ボケ1 パンジー1
パンジー2 白い花1



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落語を聴きながら
- 2010/03/21(Sun) -
映画の「歓喜の歌」で知ることになった、志の輔の落語を本日2題観ることができた。

江戸中期の思想家、荻生徂徠(おぎゅうそらい)の伝説を題材にした<徂徠豆腐:そらいどうふ>

鼠小僧次郎吉の逸話を題材にした<しじみ売り>

立川志の輔の『志の輔らくごでin PARCO』をwowowで見ながら、いつしか読んだ森信三の言葉を思い出していた。

「陶芸家の河合寛次郎という人を知るには、師の柳さん(柳宗悦)の光に照らして見ないと、その本質は十分に分からんでしょうね。・・・・・」

志の輔の向こうにきっちりと稽古をつけた師匠の心意気を感じてしまう、見事な落語2題だった。
志の輔の取り組みもさすがだと思うが、そのヒントをくれた師匠もそこに感じてしまうものだった。

その師匠、
「立川談志」という落語家は志の輔や談春の様な超人気現代落語家を育てたのかーーーーーと力量を感じながら。
どのように、そのエネルギーを彼ら自身の中からほとばしるように育ったのだろうか?
寄席とは違う、一般コンサートホールで落語を聞かせる新しいタイプの噺家ばかり。
個性が其々違う噺家を、よくぞ育てたものだと。


落語の背景は江戸中期の庶民の生活と実在の人物のエピソード話だが、現代人の心に感動を伴って響くにはそれなりの解釈と語りかける人間的な力量が不可欠だろう。

人間の崇高さをひらたい言葉で語る人情味ある落語話に、今日は笑いと感動の涙で受け止めさせていただいた。

荻生徂徠(おぎゅうそらい)も鼠小僧次郎吉も其々人の恩に懸命に報いようと生きた実在の人物だったんだと

志の輔1 志の輔2
志の輔3 志の輔4






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本日オープン
- 2010/03/19(Fri) -
ライラックの花も咲き始め、ノムラモミジの新芽もいっせいに色づき始めた。
東かがわ市のÅさんの花畑の白梅もそろそろ終わりごろ、手塩にかけた桜の苗木が花をつけ満開です。

学校では卒業式も終わり、あとは春休みを待つばかり。
家族が卒業した地元の鶴羽小学校は今年で廃校です。
なじみ深い学び舎が、終了するのは淋しい限りですが又新しい思いでも出来ると考えるのがよろしい。
来月から統合した学校で、新年度にむけ新しいスタートが切られます。

連休前の本日、国分寺の量販店はリニューアルオープン。
昨年から設計を進めてきた久しぶりの量販店改装の仕事だった。

工事も無事予定通り間に合い、
オープンケースの上に飾られたディスプレイーもお客さんの来店を待ち望んでいるようです。
リラ咲く1  モミジ新芽2 
白梅1  桜咲く1 
ディスプレイー1






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