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風渡る家
- 2009/12/28(Mon) -
劇団プチミュージカルの今年の公演、<風渡る家>を昨夜観てきた。
この類の劇場見学は初めてなので、県民ホールのいっぱいの客席振りには、最初から圧倒されていた。

振り返ると、今年3月末に林町の「木と家の会」の展示住宅へ偶然、白川先生が取材にこられたのがこの縁の始まりだった。
あれからもう既に9ヶ月になる。
熱心に取材されて、住宅の工法からそれにまつわる家族のことについてまで広範囲に聞かれた姿が思い出す。
セリフの一つ一つに、家族と住まいに対する時代を考えた意味のある事だと感心しながら聞かせてもらった。

友人の富田さんが言うセリフ
「神様の数を数える数え方を知っていますか?」
「神様は一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)・・・・と数えます」
・・・・・・・
「柱には神の命が宿っています・・・・・・」

このセリフを聞きながら、なるほど、古来亡くなった慰霊の数え方も、そうだと思った。
人は魂をもった存在として、崇め奉った所以がそこに在る。

木材を立てて、柱にするとそこには魂が宿っていると、命の息吹を吹き込むような想いで人びとは住まいを建てた。
梁にも他の部材にも同様の事を・・・・・・・・

白川先生の取材の徹底振りがその言葉で、ジーンと伝わってきた、初めてのミュージカル観劇でした。
先生と同級生だと言う家内に、誘われていなければ、きっと出向かなかったイベントだったが、来て見て、住まいに対する考え方を今一度認めてくれている人びとがたくさんいるんだと励まされたような気にさせられた。

ピチミュージカル01

白川01 白川02

白川03 白川05

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冬の花
- 2009/12/26(Sat) -
朝、事務所に足を踏み入れると、暗闇の向こうから花の香りが漂ってくる。
冷えた空気にその香りはちょうど相応しい。

先日、ロウバイとともにスイセンを生けてみた、香りの正体はその花だ。
冬のひんやりと引き締まるような冷え切った空気に、鮮やかな香りは嬉しいものだ。

ロウバイもスイセンも庭に咲いていると良く香る。
部屋に取り込み生けてみると屋内ではそのテーストとトーンはなお更だ。

クリスマス、年末年始のこの季節、緑の葉と赤い実は定番のコンビ。
ヒイラギだけでなく、ナンテン、クロガネモチ、センリョウまでも
洋の東西を問わず、この季節は緑と赤のコンビが良く似合う。
ロウバイ1

ナンテン1 ヒイラギ2

クロガネモチ3 センリョウ1

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ギブスの思い出
- 2009/12/23(Wed) -
年の瀬の高松三越はなんとも言えず慌しくて、ショーウインドーの中もクリスマス気分
三町ドーム下を眺めていると、人の歩くスピードも何処と無く忙しそう。

もう7~8年前の事を人ごみを眺めながら思い出していた。
長男(リョウスケ)が20歳で専門学校の卒業を前に進路について不安に思っていた時だった。
三越ディスプレイドームのディスプレイ


少し目を潤ませながら
車中で「ボクの人生は不運だと思う・・・・・」と話しはじめた。
中学生のときにバスケットに夢中だったのに、コーチの先生が転勤でいなくなりコーチ不在のチームのキャプテンになった。
お陰で、中学3年生の時には負けた。
高校生になっても、膝を怪我して練習量が充分持てない、そんな中体育館の床を全面張替え工事。
大切な高校の半年間体育館なしのバスケット部のキャプテンだった。
・・・そんなことや自分の半生を悲観するかのようにしんみりと。

そのことを聞きながら、思い浮かぶことは、小学生の時、腕を骨折したり。
中学生で、オスグッド・・・という膝の成長病に悩まされ
高校生で膝の骨折の治療で骨にビスを打ったまま治療していた。

確かに長男(リョウスケ)はギブスと縁の多い生活だったと思った。
本当に精一杯頑張ってきたのに、悔しい思いもたくさんしてきたと思う。
そして、バスケットというスポーツ以外は学生生活も中途半端に過ごしてきたと思った。
でも<経験>とはそんなものだろうかと聞きながら考えていた。

私は
「お父さんはそうは思わないなーーー」と話しながら
「でも、その経験は医療関係の仕事につくためには最高の経験だったんじゃないか?」
「ギブスをした経験はギブスをする人の辛さや不安をだれよりも知っていることになるなー」
「スポーツ関係の仕事に就くのは、リョウスケの個性に一番相応しいと思うでーー」
「今からでも遅くないから、必死で勉強して理学療法士の資格に挑戦してみたらどうだ」
「そのために2~3年ぐらいどうってこと無いぞ」
「リョウスケだったらきっと出来ると思うな」

中学から20歳まで本当に真剣に学習したことの無かったリョウスケは、その頃から奮起して
大阪での専門学校卒業後に自分に挑むように勉強するようになった。

一年間の予備校生活の後、岡山で念願の医療専門学校に進み、
卒業時に・・・神戸のスポーツドクターの率いる病院の理学療法士として入社できた。
あれほど真剣に医療のことについて学習しているリョウスケを見るとは私も想像できなかった。

子供の才能は何処でいつ開花するか判らない
学校の成績は殆んど指標にならない。

どんな人も
本人の個性と経験から自分の人生や個性に自信が持てたときにスタートラインに付けるのではないだろうか?
今年27歳になる、リョウスケの成長を思い出しながら、丸亀町商店街でギブスをした人を眺めながらそんなことを考えていた。
グブス1ギブス2

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要望と形の提案 その2
- 2009/12/21(Mon) -
私達は作り手として、いつも何かから刺激を受け、エネルギーを貰って作っている。
異業種の人の製作現場へ行きそのエネルギーを貰うこともある。

今日は版画家の下村さんのアトリエで製作意欲いっぱいの作品群の中から刺激を受けた。
エネルギッシュな雰囲気はそこに居ただけで充分伝わる。

自分の中の作り手としての提案力が活性化されてきそうなエネルギーがそこにはあった。
エッチングの筆記用具が手作りの自作らしかったのをみて

私も自分で修理して使っている筆の事を思い出していた。

版画1

エネルギー1 エネルギー2 エネルギー3 エネルギー4
エッチング2エッチング1筆修理2便箋2

エネルギーの日の出
中でも一番エネルギーを頂くのは、太陽だと思う。
いつ観ても、早朝の朝日の輝きは、存在そのものが生きてゆく励ましの声援を送ってくれているような気がする。






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要望と形の提案 その1
- 2009/12/19(Sat) -
「観の目強く、見の目弱く」とは宮本武蔵が五輪書で語っていた言葉。
物事の表面的なこと、眼に見える事物を見ることを「見の目」と言った。
一方、事象として現れた物事の背景や底に潜む内容、概念などと言った事を観る目のことを「観の目」と言った。

表面的な事柄は一見派手で大きく力を持っているように見受けられる。しかしそのことの本当の原因や見えない表面下の動きをはっきり見出せないければ、対処療法的で根源治癒が出来ていない医療とどこか似ている。

より本質的な事柄を解決しなければならない要素として問題提起し打開策として形の提案がなされなければ本質的な設計とはいえないのではないだろうかと思う。

設計者にとって、施主から要望を聞き取る時、この姿勢が大切だと思う。
常々、何を見るについても、話を聴くにせよこの「観の目」を開いていたいと思っている。

施主からは、要望されなかったが本質的には解決されている案ではないが、話の中や仕草からその家族のコンテクストを想像すると、楽しそうな未来がここにあるのではないかと、考えた最近のスケッチ。
                   内観スケッチ1

                   プランスケッチ01

描いているときは、楽しくて楽しくてイメージが脳裏の中を拡大し続ける・・・・・・・
なかなか整合性が取れないときは、苦しくて苦しくて投げ出したくなる。。。。。。
そして今夜もわくわくするイメージをスケッチする。
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